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大阪高等裁判所 昭和35年(く)68号 決定 1960年9月06日

申立人 東中光雄 外三名

主文

昭和三十五年八月一日大阪地方裁判所堺支部がなした後記第一の忌避申立却下決定を取消す。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

同日同支部がなした後記第二の忌避申立却下決定に対する本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告申立の要旨は、弁護人等は前記被告事件の昭和三十五年八月一日、第十五回公判期日において大阪地方裁判所堺支部裁判長裁判官国政真男、裁判官上田次郎、裁判官天野弘に対し不公平な裁判をする虞があるものとして忌避の申立をなしたのであるが、その理由は弁護人等は右事件の特殊的状況から考えて児童の証言にあらわれた結果の判断、その信憑性の正確な科学的評価に当つては、その前提として当該児童に対し心理学上の諸種のテストを行い、専門的科学的立場から十分検討を加える必要のあることを、弁護人等の調査研究の結果ならびに立命館大学心理学科守屋教授の意見にもとずき確信しているものであつて、右公判期日に(一)長尾幸子、藤原智代江、藤原嘉代子、河野弘子、仲美君子、北川清子等の公判準備における供述、検察官調書記載の供述ならびに同人等の作成にかかる作文各二通について、児童心理学、発達心理学、臨床心理学等の立場よりする真実性の有無について、(二)被告人両名について精神面、性格面において異状があるかどうか、特に性的変態性の有無について、の二項目につき鑑定の申立をなし(右第一項目については第十四回公判期日に申請して却下されたので理由を付して改めて申請したものである)、右鑑定申請について公正なる裁判を担保し、かつ真実の客観的事実を明らかにするため是非採用されるよう十分の理をつくして述べたのであるが、裁判所は弁護人の鑑定申請全部を却下したので、弁護人は裁判長に対し裁判長が鑑定の必要がないとする理由について釈明を求めたところ「裁判所は十分な心理学上の専門的知識をもつているとはいい得ないが、児童の証言等を正しく判断することが出来る」といい、あるいは「鑑定をしてみても裁判所の判断の結果は変らない」という趣旨の釈明があり、その他にも弁護人等は裁判所が弁護人の鑑定申請の趣旨を正しく理解されていないと解せられる点があつたので、なお重ねて本件審理につき公正を期し、真実を発見するには、鑑定の結果をまつことが不可欠であることの具体的理由と、申請した鑑定の趣旨とを述べて再考を求め、前記却下決定は刑事訴訟法上の採証法則に違反し、ひいては憲法上の刑事裁判における公正手続の保障にも違背するとして右決定に対する異議の申立をなしたが却下せられたのである。しかし弁護人等としては、右公判期日の審理過程において裁判長が弁護人の鑑定申請を却下し、かつその必要がないという判断をしたことについての釈明等を通じ、具体的に全裁判官が本件審理について予断偏見を持ち、不公平な裁判をする虞があると考うべき事由があつたので、国政裁判長以下前記各裁判官に対する忌避の申立(以下第一の忌避申立と略称する)をしたところ、裁判所は右忌避申立は明らかに訴訟遅延のみを目的とするものであるとして簡易却下の決定(以下第一の決定と略称する)をなしたのであるが、右簡易却下の手続は弁護人等にとつて合理的に納得の出来ないものがあつたので、このような決定をする裁判官はそのこと自体につき不公平な裁判をする虞があるものと考えられたから再び右趣旨の理由により各裁判官に対し忌避の申立(以下第二の忌避申立と略称する)をなしたところ前同様の理由により簡易却下の決定(以下第二の決定と略称する)がされたのである。しかし、弁護人等が本件の審理につき事件の性質にかんがみ積極的に進んで審理の促進に協力して来たことは、昭和三十四年十一月二十六日の第一回公判期日以来既に十五回の公判を経、その間に現場検証期日二回、出張尋問に六期日を入れていることによつて極めて明白であり、また本件鑑定申請の経過と理由については書面の外に公判廷において誠心誠意これを明らかに述べたのであつて、右鑑定申請は本件につき裁判の公正、真実の発見を念願するが故にほかならないのである。しかも弁護人等の忌避申立の理由は、単に鑑定申請が容れられなかつたということのみではなく、裁判所の鑑定申請却下の理由に対する釈明の過程で明らかにせられた点をも附述し、忌避の理由となるべき不公平な裁判をする虞があると考えられる事由を具体的に述べているのであつて、決して弁護人等の独断の所論を主張しているのではないのに拘らず裁判所が弁護人等の忌避申立を訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとして、刑事訴訟法第二十四条第一項により簡易却下手続によつて却下の決定をしたことは違法であるからその取消を求める、というにある。

よつて記録を調査するに、右被告事件の昭和三十五年八月一日、第十五回公判は大阪地方裁判所堺支部裁判長裁判官国政真男、裁判官上田次郎、裁判官天野弘の合議体によつて審理され、裁判所は右公判期日において弁護人等から申請のあつた前記鑑定申立を却下し、次いで右却下決定に対する弁護人の異議申立も却下したところ東中、橋本両主任弁護人は全裁判官に対して不公平な裁判をする虞があるとして忌避申立(第一の忌避申立)をなしたのであるが、裁判所は右忌避申立は訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとして刑事訴訟法第二十四条第一項によつて簡易却下手続により却下の決定(第一の決定)をなし、さらにこれに対して右両弁護人は重ねて全裁判官に対し忌避申立(第二の忌避申立)をなしたが、裁判所は前同様簡易却下手続により却下の決定(第二の決定)をなしたことが明らかである。しかし、記録に現われた本件事実の性質、審理の経過ならびに弁護人の訴訟準備等から判断すると、右弁護人等が前記鑑定申立が却下せられたことに関連して全裁判官に対し不公平な裁判をする虞があるとの理由によつて第一の忌避申立をしたことは、忌避の理由があるかどうかは別として、必ずしも訴訟を遅延させる目的のみでされたことが明らかであるとは認めがたいのである。したがつて、右忌避申立に対しては、忌避された前記三裁判官の関与しない大阪地方裁判所の他の裁判官をもつて構成する合議体において決定すべきであつて、右忌避申立を、忌避された前記三裁判官をもつて構成する裁判所が簡易却下手続により却下の決定をしたことは結局においてその手続を誤つたものといわざるをえない。よつて右第一の忌避申立却下決定については本件即時抗告は理由があり、刑事訴訟法第四百二十六条第二項に従いその決定を取消し、右忌避申立につきさらに裁判をなさしめるため本件を大阪地方裁判所に差戻すこととする。

しかし前記第二の忌避申立は、記録によれば忌避の原因を具体的に示さないでなされたものであつて、その申立は不適法であるから、原裁判所が簡易却下手続によつてこれを却下したのは正当というべく従つて右第二の忌避申立却下決定に対する本件即時抗告は理由がないから同条第一項によりこれを棄却する。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 奥戸新三 塩田宇三郎 青木英五郎)

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